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人生・仕事・事業に関する雑記 その10
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    今はセカンドステージに立っている

     

    ​ 去る3月の私のブログのなかに「健康で仕事に精を出している幸せは病床に伏せて分からせられること。思いが深いと云うことは何ごとも反面を理解していることで、痛みを伴う実体験の賜物なのです。」と記しております。

     去る11月の1ヵ月を一言で表せば、前記のことばを骨の髄まで分からせられた日々だったと感じております。11月初旬の急な寒さと体力・気力のオーバーワークで風邪を引き込み、今までになく難儀いたしました。

     ようやくその山場(やまば)を超えておめにかかった方に、この間の今までにない状態から弱気になった話しを致しましたところ、貴方はもう第一ステージは終わり、次のセカンドステージに立っているわけだから、なにごとも2分の1にして立ち振る舞い、これまでと同じにしていたらオーバーワークで再び体調を崩しますよと忠告されました。

     つらかった日々のあれこれを思い浮かべ、今はセカンドステージに自分で立ち振まっていかねばとの自覚を持つように致しております。

     

    思いを形にして

     これまで十数年にわたり、起業・独立に関する冊子を数多く世に出してまいりました。

     この12月中旬に最終校了した “起業・独立 次に続く立志の若者へのメッセージ”「人橋を架ける」は、これまでと違い三人共著で来年1月末に刊行を予定しております。

     私にとりましての出版物は、自身の考え、思いなどの構想を単に出版会社に伝えて「あとはよろしく」と“丸なげ”するのではなく、自主企画を通して構成を考え、完全原稿にして、編集事務所との打ち合わせ、校正チェックなどで確認し、多岐の作業を自らが対応した産物です。

     また、売れる本をつくるとの意識より、ともかく今の世に有用で、読む方のために参考となればとの願望だけで、その諸費用も用意してかかることになります。

     来年一月末に刊行される予定の冊子は、生まれも育ちも異なる三人の創業経営者が、東京の地で起業し、一応の成果を得て共著の形で「次に続く立志の若者のために私たちは何を成すべきか?」との問いの「解」として刊行いたします。この準備期間に使命感と熱意を持って諸々の作業を進めるなかで、私たち三人との出会いは、必然性をおびたものとのお互いの意識は強まるばかりでした。

     また、特に後半の鼎談では、単なる活字として私たちの経験から得たことがらを伝えるだけでなく、本音の会話を通して、起業・独立とそれに連なる中小企業経営の根幹となるさまざまなことに触れて、理解を求めております。今回は初めの試みで電子出版にもトライしてみます。未だ未だこの世でやるべきこと、始末しておきたいことへの意欲が旺盛です。

     

     

     

     

    | 人生・仕事・事業に関する雑記 | 13:26 | comments(0) | - |
    人生・仕事・事業に関する雑記 その9
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      人生の始末 ”終活〃 のあり方

       

      ​ 11月初旬の寒さで風邪を引き込み、気力、体力にこれまでになく自信を無くした日々を過ごしておりました。年齢を重ねることで分かることとは、このことも含まれるのだと痛感しております。

       幸いなことにお陰さまにて3週間程で回復し、私はここ数年来の山場(やまば)を克服し「モノの整理」「心の準備」を意識して、なにかと積み残しのないように常日頃心がけ努めております。

       

      ​ さて、去る11月20日付けの 日本経済新聞朝刊の社会面の下段に「感謝の会開催のご案内」と云う告知がありました。

      一覧しますと建設機器メーカーのコマツで入社以来取締役、社長、会長を歴任し、現在は引退後の余生を楽しんでいるY氏の全く個人的なメッセージです。その内容は図らずも重篤な疾病で残された時間をQuality of Life 優先して延命の治療を受けないこととし、そのために自分が元気のうちにこれまでご厚誼下さった皆様方に感謝の気持ちを伝えるべく会を開催するとして日時、場所の案内となっておりました。

       

      昔から「葬式、戒名無用、死者は生者を煩わすことなかれ」との言に、強く私もそうありたいとの思いは深く、これまで極く親しい方だけとは1-2年に一度ほど「懇親会」の名目でささやかなパーティーを主宰してまいりました。

      参加の方には心の負担になってもと多少の会費を頂いてまいりましたが、この真意は今回の新聞の告知と同様、ご厚誼頂いている方への感謝の集いでしたので「我が意を得たりの思い」でした。

       

      明日から12月です。「風邪は万病のもと」でしばらくは自宅療養をも強いられ、つらい思いの日々でしたが、「健康の尊さ」「心身一如」「仕事の出来る有難さ」をより深く身にしみさせられた11月でした。

       

       

       

       

      | 人生・仕事・事業に関する雑記 | 14:55 | comments(0) | - |
      人生・仕事・事業に関する雑記 その8
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        何もしないことの真の意味

         

        ​ 15年前ほどの話しになります。四代続く果実商・レストラン経営・ビル経営の老舗の社長に個別にお話を聞く機会がありました。

        私が「会社を長く続けていく上で一番大切なことはなんでしょうか?」と質問しましたら「何もしないことです」とのことでした。そのときにこのような変化の激しい時代に守勢の企業姿勢で本当にやっていけるのだろうか?と疑問を感じつつ、その話は私の頭に深くありました。

         

         文春オンラインの2017年9月号の(ニュース、社会、経済)の欄に、秋葉原変容し続ける街で「なにもしなかった」オノデンが生き残った理由とのタイトルで以下の記事があり要約してみました。

         

        秋葉原 変容し続ける街で「なにもしなかった」オノデンが生き残った理由

         

         1998年頃のことです。秋葉原の家電量販店でもパソコンはよく売れ右肩上がりの勢いで、量販店の多くは秋葉原を出て、郊外に出店していき当初は好調だったといいます。

        ですがヤマダ電機など、より大きな資本の家電販売グループが売り場面積が3倍4倍という巨大量販店をすぐ近くに建て、出店した秋葉原系量販店は苦戦を強いられました。つまり出店計画の失敗が多くの秋葉原系量販店が姿を消した理由で、オノデンは郊外のどこにも出店しなかったので、そのまま生き残れた、というのです。なぜ出店しなかったのか質問に、「うちが出店しなかったのは、密度が薄くなる経営はしたくなかったという創業者の精神です。マネージメントにしても接客にしても目の届く範囲内で商いをしたかった」とのことでした。

         同社の社是は「親切な電器店」というシンプルなものだが、これは現3代目社長小野さんが、就任した1995年に定めたものとのことです。

        「1960年代の秋葉原の売り方は客に商品説明は不要で、みんな早く品物を欲しい、早く商品をお客様に渡すことが、秋葉原で良いサービスって思われていた」とのことです。

         やがて商品が多様化・高機能化するようになり、やはり商品説明が必要になった。そこでメーカーが量販店に説明員を派遣するようになり、A社の派遣説明員はB社の商品について説明できない。だがオノデンは社員店員が接客するからそれができる。そこがオノデンが他の量販店と差別化できたひとつの要因だったとのことです。

         

         

        この記事で私は「何もしないこと」の正しく、深い意味あいを知ることになり、企業の使命のひとつの「継続性」とは何かの回答を得られました。

         

         

         

        | 人生・仕事・事業に関する雑記 | 13:44 | comments(0) | - |
        人生・仕事・事業に関する雑記 その7
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          9月18日は敬老の日でした。

          「人生七十古希稀なり」とありますが、私も少し前に若い方々がその祝いの席を設けて下さいました。

          その時に「青年の 気概を語る 古希の宴」との句を詠みました。

          こうして一つ一つ歳を重ね「人生そして心のあり方」について感じた寸言を列記いたします。

           

          ◆所詮何ももっていけない人生の終幕なのだ。今から肝に銘じて「モノの整理」「心の準備」で処していく。

           

          ◆人生で「もらい乞食」にならない。与えることの貴さ、勇気、心の余裕。反面、おねだりばかりの卑しいさまは避けたいものだ。

           

          ◆暮らしも仕事も大切なのは、終始一貫して節義を尽くすこと。お世話になった人にはどんなことがあっても常に感謝の気持ちを持ち続けること。

           

          「有難う」とは「有ること難し」の意味である。

          現在、自身が現在 ( いま ) あることの有難さに対しての感謝の意。その「有難う」を一日に何度自然に発せられるか?

           

          ◆若い人が目上の人から可愛がられていて、よし!私も支援しようと思う人とは、

           ・本来の仕事を一生懸命にしている人

           ・礼儀作法を弁えている人

           ・自分以外の人に対し、奉仕している人

           

          ◆健康で仕事に精を出している幸せは、病床に伏せて分からせられること。思いが深いと云うことは何ごとも反面を理解していることで、痛みを伴なう実体験の賜ものだと思う。

           

          ◆青年期は常に向学心、向上心を持ち続ける。自分の仕事に精進し、成果を出す。それ故に周囲に期待されて来た。壮年期は堅実と充実の中により成果を上げ、高齢期は若手を指導し慕われる人になりたい。

           

           

           

          | 人生・仕事・事業に関する雑記 | 14:06 | comments(0) | - |
          人生・仕事・事業に関する雑記 その6
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            心ある人は礼状を出す

             

             今は勇退している経営者仲間の方が、来社されました。

             2年程時間をかけての自分史をようやく上梓されたとのことで、ご持参下さいました。昔からの仲間として、私に直接に手渡したいということで有難く頂戴いたしました。

             一読して、さすがに彼の人生そのもので、立派な出来栄えの一冊でした。お話の中には、日頃私も強く感じていることが指摘されておりました。

             完成した本はご自身が選んだ近しい方と、若手の方で現在お仕事を頑張っておられる約120名に挨拶状をつけて送付したとのことでした。

             それから1ヶ月程たったのち、約半数の方から手紙やハガキ、そしてメールの礼状が届いたとのことでした。彼は連絡がない人のことを病気でもしているのではないか、何かあったのではないかと心配しておりました。心根の優しい方だと改めて感じました。

             

             若い人からの礼状が少ないことに関して、私は、自分の経験も踏まえていろいろ思うところを話させて頂きました。彼等は、良好な人間関係を保つことが、私生活や仕事でどれほど大切かということがわかっていないのではないでしょうか。人や仲間、先輩たちとの関係を維持するための社会的知性(わきまえ、心得、礼儀や作法など)が欠落しているように思うのです。そして今の世の中は、こうした礼節の大切さについての指導がなされておらず、それこそが現代の人間関係における不幸だと、お話しさせて頂きました。

             

             人に親切にされたらしっかりと謝意を表わす。手間や費用をかけてプレゼントして下さった方の思いに、どのようにこちらが気持ちを込めてこたえるか。

             今流行りの「忖度(そんたく)」とは、本来政治の場面などで使われる言葉ではなく、相手の気持ちを推しはかり、日常的な人と人との関係を良好に長続きさせるため必要不可欠な術なのだと思っています。

             

             常々感じていることですが、昨今は、とくに若い人達において、人の好意に対して無神経な人が多過ぎると思います。人に親切にされたら「ありがとうございます」という感謝の意を、素直に、速やかに伝える日常でありたいと、人生の先輩として苦言を呈していくほかないのかもしれないと、二人の間で結論となりました。

             彼が云うには、返事のない人は、自分の住所録から削除しておかねばと申しておりました。心ある人とだけ、今後はつきあっていくと云っておられました。

             何か切ない思いがしました。

             

             

            夏の終わりに 1985(昭和60)年9月のエッセイ

             

             去る8月12日、日航ジャンボ機墜落事故から32年。慰霊祭のニュース映像を、体調崩して入院した病院のベッドのテレビで見ておりました。

            歳月が流れ、32年の経過は人々の記憶を風化させ、現日航の社長の談話では、この事故を経験した社員は、全体の6パーセントとのことでした。

             

            この当時の私のエッセイでは (1985(昭和60)年9月)

            ―――――――――――――――――――――――――――――――――

            夏の終わりに           

            日航機墜落の惨状は、例年にない八月の猛暑をより厳しいものとしました。

             そして誰しも「一寸先は暗(やみ)なのだ」と、人の生命(いのち)の危(あや)うさ、脆(もろ)さをしみじみ思い知らされた衝撃的な事故でした。(8月12日)

             発見された数通の遺書は、それぞれ男としての家族への責任と愛情に溢れ、人生半ばの無念の思いも含め「人生無常」と万感胸に迫ります。

            ―――――――――――――――――――――――――――――――――

            とあります。

             

            今年のお盆休みは、空も陸も大きな事故がなく幸いなことだと思っております。

             

            | 人生・仕事・事業に関する雑記 | 16:04 | comments(0) | - |
            人生・仕事・事業に関する雑記 その5
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              生涯現役の真のかたち

               

               去る7月18日に105歳でお亡くなりになった聖路加国際病院名誉院長 日野原重明氏には数年前の内輪の講演会でおめにかからせて頂きました。

               その頃はちょうど100歳だったと記憶していますが、おからだに多少の不自由さはありましたが、矍鑠(かくしゃく)と身ぶり手ぶりでの講話を拝聴致しました。

               お話のなかで、人生にはターニングポイントが誰しもあり、自分のときはよど号ハイジャック事件で乗客の1人となったことだったとしておりました。ようやく開放され飛行機のタラップを下りて地上に降り立ったとき、自分はこれからは世のため、人のために生きようとのミッション(使命感)に目覚めたとのことでした。その当時、彼は58歳。以後は医療の世界ばかりでなく、著述や音楽を含め文化面の活躍は多彩を極めて広範囲に及びました。

               

               私の周りにも「生涯現役」と標榜し、ご活躍の方は散見されますが、彼のように国内はもとより海外まで大きく羽ばたき、驚くぐらいのパワフルの方は実在しません。今後、私は他の方に軽々しく「生涯現役」などとの言葉は謹んでまいりたいと思っております。

               

              ◆いまあるのは妻のおかげ

               

               私と同年代の創業社長との久しぶりのランチの席での話です。

              彼は最近、ご子息二人(兄が社長で本社、弟が専務取締役兼工場長で勤務)への事業継承もスムーズに運び、ご本人は第一線を退き、特別用事がなければ出社しないとのことでした。

              お話しでは朝日カルチャースクールのスケッチの教室に通っているとのことでした。

              その話の延長で「こうして物心とも安隠の日を迎えられての現在の心境は?」との私の問いに「なにをおいても妻への感謝と敬意」とのことでした。

               そのことがらを細かく私に説く彼の顔は、世間で云う古希を過ぎた人と感じさせない程心底輝いておりました。

               

              また、創業者ですので当然のことながら、相続のことで顧問税理士を入れての家族会議に話が及びました。そこでご子息二人が「お金はお父さんのために好きなように使って下さい」との申し出てあったとのお話に、目頭が熱くなりました。「争族」の醜さを仕事柄数多く承知していますので、なおさらのことです。

              彼も例に漏れず山あり、谷ありの人生だったと承知していましたが、晩年をこのような状態と心境で迎えられ、日々を心安らかでいられる方は本当に数少ないことだと思うと共に、立派でかつ幸せな方だと思わずにいられませんでした。

               

              思いますに人は余生(よせい)と云う時期に、財産はあり過ぎても災いし、無くても心もとないことは、現実のありさまだとお話を伺いながら痛感しておりました。

               

              友だちの呼称とその形

               

               年齢を重ねて来ても、相変わらず知識欲は衰えさせないよう努めています。

              昔から「魚は頭から腐る」の例えで、これまで知らなかった語をそのままにしないで、PCで検索するようにしています。云わば「私の脳トレ」です。

               直近では「腹心の友」があります。調べますと「心から信頼できる人物のこと」とあります。この語は今騒がれている安倍晋三総理と学校法人「加計学園」の加計孝太郎理事長の仲を総理自身が公の席で語ったことから周知されております。

               

               これに加え少し古い話になりますが、これも政治がらみのスキャンダルで世間を騒がせた、世に云うロッキード事件です。当時の総理大臣田中角栄氏と国際興業グループの創業者で社主の小佐野賢治氏の仲は「刎頸之友(ふんけいのとも)」と云われ、きわめて親密な付き合いのたとえだったと認識しております。これらの友だちの呼称とマスメディアから得る実情からして、正に「政商」で、これを検索してみますと、政治権力者と結託して優位に事業を進めた事業家とあります。

               今回のことも含め「歴史は繰り返す」ことの表われで、どことなく胡散臭さを強く感じずにはおられません。

              本来、本当の友とはこれらの実情と違い、相互に利用価値を認めると云う経済的利益を第一義でなく、旧制一高の寮歌の一節「友の憂いに吾は泣き、吾が喜びに友は舞ふ」の明治時代の理想を述べるつもりはありませんが、昔から「俗の中こそ真理が有る」は事実なのかだと思っています。

               


               

              | 人生・仕事・事業に関する雑記 | 17:44 | comments(0) | - |
              人生・仕事・事業に関する雑記 その4
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                今回は番外編として現在の政治のあり方について私の思いを記してみます。

                政治に興味を持つが、相変わらずの不信感が募る

                 

                私自身にとって政治不信は今にはじまったことではありません。

                1985(昭和60)年2月の私のエッセイに以下があります。

                 

                激昂仮面(げきこうかめん) 

                 

                 自分の発言に確たる責任をもつことが、国政を預かる人のせめてもの矜持(誇り、プライド)でなければと思います。「増税なき財政再建」も今や画餅に帰する感があり、議会答弁の「誠に遺憾に存じます」で一件落着のお互いの無責任さには、中国の故事ではありませんが、国の最も大切な「信」の存在さえ危ぶまれてなりません。今や彼等の「政治生命をかける」などの言葉の重みは、私にとっては一円のアルマイト貨にも劣ると思えてなりません。

                 

                 

                 ですから、私はこの考えをもとに、政治家に対する思いは昔も今も変わらず、こん日まで政治家に近づかず、近寄せずのスタンスでまいりました。

                 

                現在大きく世間を騒がせている学校法人「加計学園」や「森友学園」等の一連の問題を、マスメディアを通して知り得ることで、感じた3つのことがらを記します。

                 

                先ず、6月24日の安倍総理が産経新聞の「正論の会」でのスピーチをTVで観ました。そこで論語の孔子の言を引用して「信なくば立たず」と発言していました。政治は民衆の信頼なくして成り立つものではないことの意味ですが、加計学園などの問題の発端は、当人の政治家としての「信」の欠落が問題視されていると思っている私にとって、軽々しく「信」を云うその発言は、私には、腹の内と発言が違うとの証左に他ならないと感じました。

                 

                ◆二つ目に「李下に冠を正さず」(「古楽府」君子行)があります。総理たる者の行動は常に用心深く慎重にして、他に誤解を招くような行動をすべきではないという戒めにおいても、身内の昭恵夫人の言動を含め、この問題の入口たる総理の立ち位置が高潔さ、公明正大の観点から疑念視されていることを自覚、反省して今後は身を慎むべきだと思います。

                 

                ◆最後に「驕れる者久しからず」です。今回のようないたずらな政治の混乱の責は「己れにあり」との、自戒と自律は必須なことで、これを他に転嫁する姿勢は潔くない態度に見受けられます。

                これらは、リーダー論としてこれまで身近かに学んで来たものですが、リーダーが本質を見誤ると、国も会社も衰退するのは今も昔も必然なことだと思う昨今です。

                 

                 

                7月2日に東京都議会議員選挙が行われます。そこで現在の政治不信のバロメーターがどうなるかと判明するわけですが、国民と都民の「信」が自分たちにどのようにもたらせられるか否かを、今から自問自答しておいて欲しいものです。

                 

                 

                 

                 

                | 人生・仕事・事業に関する雑記 | 18:18 | comments(0) | - |
                人生・仕事・事業に関する雑記 その3
                0

                  2017年5月〇日の夜に

                     いつもの通りの休日の一日が終わる。

                   今日も行くべき所に行き、会う人がいて、話をして得心することも多くあった。

                  今日一日、成すべきことの全て成して、今、こうして夜を迎えた気持ちに多少の余裕がある。

                  考えるに自分は今のこのような気持ちを得るために一刻、一日、一年、そしてこん日まで努めて来たと云うところである。

                  改めて振返ってみて、誰に誇るものでもなく、自身の納得のための努めなのだと思いに至る。

                  今はこの後、自分の寝床に入るだけだ。

                   

                  昔の仕事に関することわざは死語となった

                   世はワークライフバランス(仕事と生活の調和)な生き方が至上とされ、多様な生き方の選択実現は今様と誰れしも認めているところです。

                  このことについて多少とも経験上云えることですが、何か事を成すには個人であれ組織であれ、大きなエネルギーと覚悟が必要となります。まして独立・開業などは、自らの体力と気力の極限までの労働を求められ、真逆のワークライフアンバランスは必須です。

                    ・身を粉にして働く(労力を惜しまず一心に仕事をする)

                    ・子(ね)に臥し寅(とら)に起きる

                      (寝る間を惜しんで働くことのたとえ)

                    ・夜(よ)も日についで(昼夜の別なく続けて物事をする)

                   

                  どんな時代になったとしても、人より抜きん出るためにはからだで稼ぐ、からだで覚えることが先づ第一義なのは、昔も今も変わらないことだと思っております。

                   

                   

                  起業・独立の本来的なありかた

                   Facebookなどで創業支援に関するガイドが数多く見受けられます。しかし、その大多数が資金調達や助成金などに関してです。私の経験上での考えは、本来的な起業・独立は自己資金は自らがなるべく用意することが本筋なことだと思っています。

                  もちろん資金確保は大事な要因ですが、肝心なことは自らがこれから取組むべきビジネスモデルが、時代に先駆け、その変化にも適合し、事業の継続性からしてマーケットの拡大、顧客の数が増えていくような業種の選定など、基本的なことがらを学んでおくことが肝心だと強く指摘し、その道筋を指導しますとのガイドが残念ながら見当たりません。

                   

                  | 人生・仕事・事業に関する雑記 | 18:14 | comments(0) | - |
                  人生・仕事・事業に関する雑記 その2
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                     長年にわたり、なにごとも真摯に努めて来て、自分の人生を振り返るとき、そのキーワードは長さ(期間・タイミング)深さ(経験・思い)だと知らされます。

                    それは事業専一に継続して来た私個人の事業家人生の思いも同じで、人一倍身を痛めた後に初めて分かり得たことだらけです。

                    今月は、その内の人生に関しての5題を掲載いたします。

                     

                    「人生二路無し」は誰しも同じこと。人は一方通行の道を歩み、そして滅していく。過ぎたあれこれに考えをめぐらせ「たら・れば」を考えても仮の話しにしかならない。「生病老死」を含め、真理は揺るがない。

                     

                    仕事でも人生でも「結果を出していくこと」を常に意識して、ひたすら努力していかないと、自らが望む結果に結びつかない。無意識の行為の先は、所詮、他人(ひと)任せのようなもので結果は知れている。

                     

                    世の中には「無理が通れば道理が引込む」こともままある。普通とか、人並みでの努力では「ことは成らない」ことを理解させられている。自らのレベルを無事平穏でと願っても、世の中はそう甘く出来ていない。ときには最大限の無理をする覚悟が求められる。

                     

                    競馬を含め、ギャンブル、賭け事には興味がない。真剣に仕事、事業をしていれば、ことあるごとに「読み、踏み、決め」の連続で、自分の日々が一貫してギャンブル、賭け事に近いと認識させられている。

                     

                    古人の言で、人が財産を失なう2つの失策とは、浪費(無駄使い)か、詐取(騙される)とのこと。現今の日本では総人口が6年連続して減少しているなか、相続税対策のためと地方でもアパート経営が盛んとのこと。目的とその手段に皆が参戦した結果のバブル崩壊の「いつか来た道」を予想する。

                     

                     

                     

                     

                    | 人生・仕事・事業に関する雑記 | 10:00 | comments(0) | - |
                    人生・仕事・事業に関する雑記 その1
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                       長年にわたり、なにごとも真摯に努めて来て、自分の人生を振り返るとき、そのキーワードは長さ(期間・タイミング)深さ(経験・思い)だと知らされます。

                      それは事業専一に継続して来た私個人の事業家人生にとっても同じ思いで、さまざまなことにトライして、その結果人一倍身を痛めた後に初めて分かり得たことだらけだと思っております。

                      今月から、その内の5題を掲載いたします。

                       

                       

                      1. 商売、事業には終始徹していくこと。とても片手間では成し得ない。プロとして徹して進めていく。甘えや易い妥協の姿勢では事は成らない。
                      2. 暮らしも仕事も大切なのは、終始一貫して他に節義を尽くすこと。お世話になった人にはどんなことがあっても常に感謝の気持ちを持ち続け、折にふれ感謝の意を伝えていく。
                      3. 仕事、事業、企業のあり方は ・先ず利益を出し続けることだ。それを無駄使いしないで貯める。そしてその資金を有効に活用して次に継げる。公私ともに自己資本の厚みが肝心なのだ。
                      4. 大きく致命的な失敗の前に、小さな失敗をしたときこそ、深く反省して「なぜ?」を解決しておく。失敗を軽く考えないで深く反省して次に活かす。これらの継続の姿勢が事上磨錬となり大成に通じると思います。
                      5. 健康で仕事に精を出している幸せは、病床に伏せて分からせられること。思いが深いと云うことは何ごとも反面を理解していることで、痛みを伴なう実体験の賜物なのです。
                      | 人生・仕事・事業に関する雑記 | 15:06 | comments(0) | - |
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