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人生・仕事・事業に関する雑記 その24
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    中学2年生「立志式」を参観して

     

    都内の区立中学校2校の「立志式」を思うところがあり参観いたしました。

     

    ◆私はこれまで創業の事業家として約50年近く活動してまいり、還暦を過ぎた頃からライフワークとして日本の産業の次代を担う若者に、現状をより強く活性化する必要を感じ、また若者自身が「自己表現・自己実現」のための起業・独立を促し、そのための「生み・育てる活動」に努めてまいりました。

     こうしたなか最近、これらの活動を通して感じますことは、私が考えた「自己表現・自己実現」は若い人達が社会人となってからでは遅過ぎる、即ち「なりたい自分探し」を早い時期にそのきっかけをつくる必要があると気がつきました。

     このことで、色々模索しておりました処、中学2年生の立春の頃に「立志式」の行事があることを知り、近場の学校のなかから実施予定校を選び、お願いして参観してまいりました。

     しかし、これを学校行事としている学校は全国的に一部であることもありますので、微力ですが私のこれまでの社会貢献の集大成として、「立志式」を通して「なりたい自分探し」を啓蒙する活動を積極的にしてまいりたいと考えております。そのための現実の調査として2月に都内の区立中学校の2校の「立志式」に参観の機会を頂きました。

     

    ◆今回式典を参観させて頂き、正に「百聞は一見に如かず」と痛感すると共に、大変内容のあるまた貴重なる勉強をさせて頂きました。

     特に印象的な代表生徒による「こころざし」発表も、具体的な「なりたい自分探し」をしておられ、また生徒の方の発表の内容も発表姿勢も立派でした。

     また講師講演の方のDVDでの映像やお話しも興味深く、最後に「人間、若い内にやらねばならない、そして気力と体力が勝負」との人生訓もあり、生徒の方にも良き刺激になった講演だったと感じております。

     

    人間、早い時期に自らが志を立て、その意思を貫き通すべく精進して、充実した人生を歩むことの大切さを再認識して帰途につきました。

     

     

    人の生命の危うさと儚さ

     

     立春を過ぎ春の気配を感じられる頃に、水泳の池江璃花子選手が白血病の治療のため急遽海外遠征から帰国、またタレントの堀ちえみさんがステージ4の舌がんで手術した報を知り少々驚かされました。

     これらのことで、私が強く感じたところは、誰しもいくら万全に健康に対する心くばりをしていても、これらの難を避けることは、人間として到底出来ないのかも知れないと云うことです。

     

    病は襲いかかる

     私ごとですが2年前の夏に、動脈肺血栓症で緊急入院した際、ベッドのボードにCAUTIONと大きくカードが貼ってあるのを見て、自分が危険な状態であることがわかりました。そのとき、人の生命の危うさを痛々しくも感じたものです。

     その後通院して治療を続けておりますが、そのなかで担当医師から原因のひとつとして遺伝的に血液検査の結果「プロテインC」の数値が正常の半分位低いとの指摘を受けました。これまで人並み以上に健康に留意し、数多く人間ドックの受診を継続して来ましたが、この血液検査における細部まで指摘されたこともなく、人間は罹患した初めて自分のからだの弱点を分からせられると痛感しております。

     結局、人とは元来頑丈そうで、意外に脆いものだと思わされております。

     

     

     

     

     

     

    | 人生・仕事・事業に関する雑記 | 15:01 | comments(0) | - |
    人生・仕事・事業に関する雑記 その23
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      人生100年時代の片隅で

       

       

      「人 常ならず 変化がある」

       年末に喪中のハガキ、新年には年賀状を頂き、お付き合いしている皆さんの消息が分かります。また、その中にご自身の年齢からして、この賀状を最後として今後のお付き合いを終わらせてもらいますと添えがきがあったりしました。

       また、1月の半ばに入り近しい経営者の友人からの封書で、ご子息に社長を譲り、ご本人は会長職に就いたとの報を頂きました。「人 常ならず 変化がある」を強く感じております。

       

      「余生(よせい)を考える」

       中小企業経営者における創業社長の身の振り方については、昨年11月に「大廃業時代・創業社長の事業の継なげ方 終い方」を上梓して、誰しも年齢からする身の処し方に関する実情を理解しておりますが、その後の「余生(よせい)」についてふれてみます。

       要は人や事業会社にはそれぞれの考えや事情があり、「事業の継なげ方 終い方」もさまざまです。余生とは個人的なことがらとして“やるべきことをやり終え、余ってしまった人生”と理解していますが、この“余った人生”どのように過ごしていくかを人生100年時代をベースとしてみますと、私のように仕事人間には“どう過ごして行くか?”と人一倍深い思いを巡らしたりしております。

       

      「モノとコトの整理」

       ここ数年来「モノとコトの整理」に心がけ、その道半ばですが、未だ未だ処理して遣り残しを少なくする心づもりでも、結果は不十分なありさまです。

       そこで「余生を謳歌して余裕綽々な方など本当に稀なこと」と思いつつ、自分はやるべきことが山積しているから、それからのことは、先ずこれ等を片づけてからと思うようにしております。

       数多くの友人、知人に限らず年齢を重ねなかには、ご自身も家族の方も健康を害したり、思わぬことで新たな地に転居して、生活の糧のために慣れぬ仕事をしたり、これも「人生いろいろ」です。誰しも身辺整理の心づもりなのかと思っております。

       

      「終わらない人生」

       かって近しい友人、知人が私の古希のお祝いをして下さった折に、御礼状に俳句をつくり添えたことを思い出しました。

       

      青 年 の   気 概 を 語 る      古 希 の 宴 

      余生とは   仕上げの ( とき ) と 友 に 云 う 

       

       近年、巷間では「人生100年時代」と云われていますが、私たち人間にとって何が幸せなのであろうか?と考え、人は誰しもそれを知るための旅人なのかと思ったりしております。

       

      昨年末に私の尊敬する事業家でコンサルタントの方よりメールで


        「人生100年時代」、どう生きるか。生き様です。

        学ぶ30年、働き育てる30年〜40年。

        そして、活かして生きる30年。

       

        「終わった人」なんて、とんでもない。

        「終わらない、学び続ける人」でいたいものです。


      とありました。「我が意を得たり」と感激いたしております。

       

      | 人生・仕事・事業に関する雑記 | 13:12 | comments(0) | - |
      人生・仕事・事業に関する雑記 その22
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        人間関係から 自らが学ぶことの大切さを知る

         

         私のこれまでの人生を振返って、「人生の師はこの世の中で出会った方々だ」との思いは、他の方に比して深いものがあると思っております。

         また、自らの人生を豊かにすることにおいても、大切なことは人間関係から学ぶことが多いことだと深く認識しております。

        ですから、人がこの世に生きて行く上において、お互いに理解し合え、ご厚誼を頂いた同世代や年長者から学ばして頂いたことがらが、現在の私の常日頃において「向上心」「向学心」の姿勢を忘れずとの志と、その継続が大切なこととの認識に継がっております。

         それ故にお互いに学ぶ姿勢や誠実さが大切だと認め、なによりも私自身の人間性が大事なのだと、自戒自重をもとに常々その人間関係に気を配ってまいりました。

         

        他からの厚情に対し反応する

         そうしたなかに近頃の人達を接して気づくことですが、余りにも人間として大切な「礼節」に悖(もと)る人が多いと懸念を感じています。礼節とは、この世で人がふみ行うべき正しい道(道義)を理解し、人としての節義を修めることとあります。

         心から常々感じていることですが、他の人からの頂く厚情にすみやかな対応、例えば私が上梓した冊子を挨拶状と共に謹呈しても、半分位の人からの何ら反応がないことです。

         これらは人との「礼儀作法」について気が付かないのか、周りから躾けられていないのか、学んでこなかったのか、全て、なにかにつけ強くこのことを感じていて、反面この先、その人との厚誼のあり方が案じられております。

         

        懸念とリスク

         また、身近な一例をあげますと、駅のホームや歩道でのスマホを見ながらの歩行、電車を降りる際の「降ります」との一言もなく、からだで他の人を押し出す様子、これらひとつとっても寸暇を惜しむためとか、その一言を惜しむからとか、などの起因する行為では全くなく、これらは礼節(マナー)を欠き、またさまざまなリスクを生む全くもって危険に継がる行為だと感じます。

         

        忠告・指導は愛情があればこそ

         そこで思いあたりますことは、一般的に人との交わりのマナーにおいて「それは そうではなく、こうだよ」と無私の精神で若者を指導する人(親、先輩、上司など)が存在しないからだとも痛感します。これは若いうちに気づかされ、本人の今後の社会生活に過ちを犯すことが少なくなれば・・・との忠告や指導は、云わば親切心であると強く感じていますが、これを解かって欲しいこととの思いでの、こちらが控えめに伝えても残念ながら通じません。

         今どきはこれを「苦言」と云うものなのだと思いますが、愛情をもって彼等のためにも注意や指導する人の存在が少ないのではないかと懸念しております。

         

         

         

         

        | 人生・仕事・事業に関する雑記 | 11:29 | comments(0) | - |
        人生・仕事・事業に関する雑記 その21
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          生きて行く 日々のなかで

           

          価値ある人生のひと時を自分のものに。

          価値ある人生のひと時とは、良き友(朋)と語り、良き本を読み、美しい自然の移ろいのなかに身を置いてこそ、価値があると思います。

           

           都心に住まう身として、休日はお天気が良ければ散策に精を出し、近くの都立公園などを訪ねます。 徒歩のときも、近くまで電車を利用することもあります。特に日本庭園のある公園がお気に入りです。

           それは、日頃のあれこれで頭が固くなっていて思考不全となっていたり、またマンション住まいでの閉塞感のある生活の味気なさを解消すると共に、次に控える新たな1週間のスタートを、心身ともに万全にしておきたいとの思いからです。

            

           なにかと疲労を覚える五体には、そよ吹く風、天を突くごとくの針葉樹や、紅葉した広葉樹、池にそそぐ滝の水音、野鳥の泣き声など、それらに接して歩を進め、歩き疲れますとベンチに腰掛けて無心の場をもっております。体調は色々ありますが先ずは歩き回れる有難さを思い、そして心が清々とし、大いに気分転換になります。 水辺には鴨がいる、カラスも居る、彼等は自分のエサを探して、互いに争わない。 その様子を見ていて、何かを感じ、考えることがあります。

           

          あとひと月で新しい年を迎えます。私にも色々ありましたが善くぞ、ようやくの思いしきりです。

           

           

           

           

           

           

           

          | 人生・仕事・事業に関する雑記 | 16:06 | comments(0) | - |
          人生・仕事・事業に関する雑記 その20
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            単なる継続が大事でなく 見切りも大切

             

             私たちが毎日健康で、日々無事に生活出来る幸せは、当人においては無事の最中にはその有難味を十分理解出来ないものだと感じさせられております。

             

             私は、この春頃より突然の皮膚疾患で、腹部や両下肢にコイン状の湿疹が出来、痒みで夜も寝られず、朝の起床時にはからだの症状を見るとかなり酷く、処方された軟膏ですばやく処置し、出勤する日が半年ほど続きました。

             これまでは会社の近くの総合医療診療所の皮膚科にて、週一回の午後よりの診療を受けていましたが、ただ痒み止めの軟膏を塗る処置で、アレルギー性の症状と自分で判断しておりました。

              

             夏も過ぎ、それは一向に回復の兆しもなく、憂鬱な日々を過ごしてまいりました。

            なにより辛いのは、入浴も出来ずシャワーで一日の汗を流し、軟膏だけを塗り、アレルギーをセーブする薬を服用する毎日でした。またアルコール類を少しでも飲むと全身が大変痒く赤くなり、外での会合の折など、その後遺症が苦痛となっておりました。

             

             その頃気がつきましたことは「病気とは気を病むことだ」とつくづく感じました。

            この診療所の他の診療科目も同様ですが、御茶ノ水にある医系の大学よりアルバイト的に週一回の診療日に、その若手の男性の派遣医師に受診するわけですが「何故こういう症状になったのか?病名は?治療法は?だからこのような薬を出します」等のインフォームド・コンセントのメッセージもなく、治療に当りこちらの症状を詳しく見ないでパソコンでタイピングしているのみで、薬の処方箋をもらって来ましたのが実状です。

             

             ある日、我慢もこれまでと私自身、また半年ほど進展もないことの不信感で、次の行動に移しました。

            ここ数年来、これも会社の近くの個人開院の歯科医院に月一回治療とメンテナンスのため通院しておりました。

            治療を終え、自身の皮膚炎の話しで困惑していると伝えますと、同地域のこれも個人医の皮膚科の医院を紹介され、さっそく予約して行きますと、病名を手許のカラー図鑑にて指摘され、写真にある症状が理解され、これまでの半年余りの私への治療とは違う軟膏の治療の処方箋を出して下さり、実際にその使い方を丁寧に指導して下さいました

            図鑑のコピーも下さり、しっかり指導され、これで幸いなことに近日は少しずつ快方に向かっております。

             

             その先生「なぜ、これまで治らなかったのでしょうか?」と質問しましたが、この種の薬はともかく強い薬効があるものが必要で、これまでの薬では効果が弱く、その軟膏の塗り方も違っているとのことでした。

             

             これら一連のことで私は決断に至りましたことは「単なる継続が大事でなく 見切りも大切」と云うことです。すなわち、いつもの通りで駄目であれば、他の方法を探り、何も考えないでただ漠然と治療を継続していたら、その時間、費用、神経の憂いなど考えますと、私にとっては大いなるロスだったと今では痛恨の極みです。

             

             話は変わりますが、この10月末に、1ヵ年程の期間を取材・編集してまいりました冊子「大廃業時代・創業社長の事業の継(つ)

            なげ方 ( しま ) い方」を上梓致しました。

             (Amazon https://www.amazon.co.jp/dp/4909795006/ )

             

             テーマは中小企業の創業社長の事業の継なげ方 終い方で8名の方のインタビュー集ですが、特にこの中で終い方について「事業の始末(継続だけでなく見切り、潮どき)の決断は早く、相談できるプロを身近にしておくこと」と答えて下さった方がおられますが、今回の私の皮膚疾患のことでの対応も全く同様だと思いました。

             

             

             

             

             

             

            | 人生・仕事・事業に関する雑記 | 15:20 | comments(0) | - |
            人生・仕事・事業に関する雑記 その19
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              再び 人 生き難し

               

               7月に発生した中国・四国地方の豪雨での被害と、9月の北海道胆振東部地震での大惨事の被害で、亡くなられた方の多さの情報に接し、日本は正に“災害列島”との認識を新たにしております。また私としては現在ボランティア活動で大活躍の尾畑春男さんにはとても叶わないことですので、私が出来ることとしての多少の災害寄付行為で、自らの心を納得させて頂いております。

               

               今回の2つの大災害に関して、購読している「月刊情報誌FACTA」10月号の巻末の記事によりますと、日本屈指の防災学者 室崎益輝(むろざき よしてる)兵庫県立減災復興政策研究科教授が9月10日に日本記者クラブでの記者会見で

               

               次の災害をなくすために伝えなくてはならないのは、

              〆匈欧了長鵑記⊆然の偉大さ人間の愚かさた祐屬料農欧蕕靴気了佑弔世、,虜匈欧了長鵑気鉢の人間の愚かさは、遺族や行政の反対で、伝えるのが実に難しいと語った。

               「残酷さをもっと伝えないといけないんですけど、概ね災害は美談のほうに話しがもっていかれて、美談は美談で重要なんですけど、(次の災害をなくすためには)いかに残酷で、悲惨で、無慈悲で、不条理かということを伝えなくてはいけないんです。」とあります。これを読み、残酷な記事ですが目をそらさず、正面から向き合うべきことだと思いました。

               

               

               また、この記事を読み、かって上梓した『ロマンと算盤と―私の120ヵ月』(1988年4月)のなかに“人 生き難し”を読み直しております。

               

               

                 人 生き難し            1988年4月  

               

               中国、上海における学芸高校生の列車事故遭難死の報は、これから将来を夢みる若い生命であるが故に「人 生き難し」の思い頻りです。そしてこれらを含めた交通事故の原因は、いつも驚くほど単純、且つ基本的なことがらの欠落で、日常無意識にその線上にいる我々の不安定な生命の脆さに、限りなく恐さを感じます。人の生命のはかなさを知れば知るほど、今もこれからも、どのような人とも仲良く、円満にやって行きたいものと願わずにはおれません。

               この四月、当社は新しい営業年度(第十八期)に入りました。

               「今日、たった今までやって来たことは、全て明日のための準備である」との気概で、誠実なる努力をしてまいります。それが幸いなことに生かされている者の努めだと、認めさせて頂いております。

               

               

               

               

               

               

              | 人生・仕事・事業に関する雑記 | 10:40 | comments(0) | - |
              人生・仕事・事業に関する雑記 その18
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                人生百考―人間は考える葦である―

                 

                 「人生・心のあり方」をテーマに、ここ数年来のメモ書きを纏めた冊子を9月上旬に上梓致します。冊子名は「人生百考」―人間は考える葦である―です。

                 自分の生き方の奥底においている「誠実を尊び 労を惜しまず 言い訳けせず」として来た折々の場面で感じたことがらのメモ書きを整理したものです。

                 これらは私が生きて来た歳月を振返るとき、ものごとが上手く行った時は深くは感じず、反面の「しまった」との痛恨の痛みのなかで分からせられたことがらの多くです。その一部を紹介いたします。

                 

                 ●人の営みの結果

                   自然災害を除けば、この世の出来ごとはすべて人の営為つまり人の行いの結果。仕事をはじめ、勉強や趣味、遊びももちろん人の営為、つまり人の意思が働いていることに他なりません。そしてその営みを見る限り、人の欲望を初め自己実現の形や結果は、いつの世も変わらないように思えます。

                 

                 ●十年を区切りとする   

                  ことを成すために十年は覚悟を。 目標を達成する、結果を出すには思いのほか時間がかかります。 あせらず、十年をひとつの節目として考えてみる必要があります。

                  ※ イエローハットの創業者鍵谷秀三郎さんに「10年偉大なり 20年畏るべし 30年歴史なる」という言葉があります。 この十年は思いようで、長くとも短く感ずる今日この頃です。

                 

                 ●社会に関わっていく生き方    

                  自分の人生は、終始一貫して「生産人口」の域内にいたいものと努めております。「人生百歳時代」といわれますが、一般論の「生産年齢人口」(生産活動に就いている中核の労働力15−64歳)を過ぎても、社会に関わっていく立場、いわば「生産人口」の域内にいたいとの思いが強い今日この頃です。

                 

                 ● 我慢と忍耐の違いを知る    

                 「我慢」と「忍耐」は同じではありません。忍耐とは、苦しさ・辛さ・悲しさなどを耐えることですが、我慢には仏教の言葉で、強い自己意識から逃れられず起こす「慢心」の意味も含まれています。 逃れることのできない慢心とは、いわば修行のひとつと心得たいものです。

                 

                 ●「争い」から学ぶこと    

                  人生をより深く学ぶなら、人との争いごとを避けてばかりでは出来ません。そのときは自分自身にとっての試練と知ることです。なぜ起こったのか、どうしたら回避できるのか、その分析と反省こそが次の争いごとを避ける手立てです。 また、争いですから負けることも、あるいは傷つくこともあります。しかしそれは相手も同じ。立場を入れ替えて考えてみるのも、より自分を成長させてくれます。

                 

                 ●「信じる」ことの危うさ    

                  人を信じることはたしかに大切であり、しかも意外と易しいことでもあります。 ところがそれはリスクの大きな「盲信」となりかねないことを知っておく必要があるでしょう。 盲信すれば深く考えずに済みますから気持ちは楽になります。その代わり、背後にある真実や事実が見えなくなり、後々思わぬ痛手を負うことになります。

                 

                 ●勝ち馬に乗らない     

                  なにごとにおいて大切なことは、一つひとつ自分の判断で前へ進むこと。他の人の判断に頼って勝ち馬に乗るようなことをしても、結果は必ず自分に返ってきます。最終責任は自分 が取らなくてはならないのです。 勝ち馬とは結果のわかった勝負、つまり安易な選択肢です。「読み(状況を)・踏み(先を瀬踏み)・決め(決断)」は自分で。

                | 人生・仕事・事業に関する雑記 | 15:09 | comments(0) | - |
                人生・仕事・事業に関する雑記 その17
                0

                  「先憂後楽」の思いを書き遺す

                   

                   「先憂後楽」という四字熟語があります。

                   75歳を過ぎた今、後楽というものを味わう域に入り、それを少なからず体験しておかねば、私の人生の帳尻が合わないのでは?と考えたりしています。

                   というわけで今年のGWは、相変わらず出社もしましたが、前橋に墓参、後半のお天気のよい日は新緑の近場の散策、そして本屋に寄るなどで終わりました。

                   これは不満を申しているのではなく、反面幸せだと思っております。それは、なんといっても体が自由に動くからできたことです。  ここ数年は、病を得て、しばしベッドに縛られていた身としてはそう思わざるを得ません。これこそ身をもって知る反面教師と云うことなのです。

                   

                   これまでの私は終始「仕事・事業・経営」からの発想で生きてきました。そのための著作も数冊上梓することができました。そんな出版作業のなか、心が感応したのは仕事・事業・経営は私たち人間の「営為」(人間が日々営む仕事や生活)であり、その根底には人間性が現れる行為がある、ということです。

                   仕事は、よくも悪くも相手という人間の行為に影響されるものです。故に、ことに当たる際「人間を学ぶ」観点を持つと、感じるものが何かあるのです。

                   そういった日頃自身が感じた思いを雑記として書き留めてきたものを、整理し、いつかひとつの形にしたいとの心づもりでした。

                   

                   つらつら考えてみると、私自身の性格・生き方はじつに直線的でした。思いつき、計画したことは、何としても早めに処理したいとの思いが先行し、行動してきました。

                   心身を休める、安逸を求めることの大切さは理解していたつもりですが、それでも心が休まるようなことに身を任せるのが不得手でした。遣り残しや、日延するなど、妥協する自分が許せないのです。そんな私が、「曖昧模糊」のままにしておく何かがあるのは、自分らしくないとの思いを強くしたことがあります。

                   また、人生の「のりシロ」を意識しつつある今日、なにを優先して日々を過ごそうか考えてみました。そして、今回、人として生きてきた途で、即ち、身を持って感じたその都度、書き留めておいたことがらを纏めることにしたのです。

                   

                   気が付くと、これまでの歳月は月並みですが、あっという間だったような気がいたしております。古希を過ぎた私が自ら感じた、それも個人的なことがらのみを、今回は纏めてみようとしております。

                   テーマは「人生・心のあり方」。長年歩み続けてきた山あり、谷あり、けして平坦ではない途のりを生きてきたなかで身をもって学ばされたことがらです。 2017年7月にこれも同じ気持ちで句集「十年一節」を上梓いたしました。その巻頭に「生きる道 ひとつ一つの こころから」との句を掲げました。これまでの歳月「心のあり方」を手探りし、それを確かめて生きて来た日々でした。心を込めて整理して進みたいと思っております。

                   

                   

                  | 人生・仕事・事業に関する雑記 | 11:30 | comments(0) | - |
                  人生・仕事・事業に関する雑記 その16
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                    人生百歳時代に考える

                     

                     古希を迎えた数年前より「仕事の始末」と「心の準備」を意識して、事業や私生活でも遣り残しのないように意識して努めてまいりました。

                     そのうち、これまで書き留めていたメモ類などを整理し、冊子にすることで、私のこれまで生きて来た道に何か「切りをつけられる」ような気がしてのことでした。

                     

                     もちろん、その作業のスムーズな進行のためには到底私一人の力では不可能ですので、これらをサポートする編集者の確保が必要と理解して、ハローワーク経由で応募して下さった60歳代以上の5名の方と面接させて頂きました。

                      条件は自宅作業での原稿整理と、その編集作業で、相互の連絡はPCにてメールの送受信が主としました。当然のことですが応募者は出版や編集会社出身の方が主で、ひとつの会社に一筋に長年努めあげた方が多く、そのことには敬意を感じると共に、その反面、与えられた職務の範囲の専門性に特化されて、そのスキルは高められていますが、私の求めることがらは、事業家としての私の長い期間のあれこれを取り纏める、編集作業の多面性と多様性である幅広い業務を経験して、仕事の組立てとその進行を担える方を求めたわけですが、残念ながら該当者はおりませんでした。

                     唯一人、勤務先が倒産し、それを機に独立・起業して17年程実務経験をした人との面接で、企画・プレゼン・デザイン・取材 ・編集組版のソフトを含め、その業務範囲の「広さと深さ」を感じましたので、その方と契約を致しました。今回はパートタイマー契約とし、応募者からの履歴書と職務経歴書の送付を受け、その後の一部の方に面接を致したわけですが、応募者の多くのスキルを確認するとき、会社を定年退職した方がほとんどですので、一歩先をみて仕事をすることがらを期待することは叶わず、多分与えられた範囲の仕事に終始するのではないか?との懸念もありました。

                     

                     現在、その作業を継続していますが、実際に作業にかかる前に応募者の実力を見るための小さな仕事をお願いしてみて、面接者の中には当方の目録違いの結果で、これもまた不必要な授業料を支払わせられた人もおりました。

                     社会環境も時代とともに変わり、定年の時期や、年金受給年代も延長され、長寿社会と云われていますが、退職後に優雅に余生(よせい)を楽しみ暮らせるなど、そのようなことは本当に難しい時代が来てるとの実感があります。

                     書店を覗きますとこれらの「定年後」を意識した冊子が平積みされています。

                    「人生百歳時代」を生き抜くことは私自身の思いとして、体力、気力、そして個人ごとの「稼げるスキル」等においても、なによりも心身ともに健康で、特筆すべき他に勝るものを持ちあわせていることなどが必須で、このような時代を生きていくことは本当に容易なことではないと感じております。

                     

                     

                     

                     

                    | 人生・仕事・事業に関する雑記 | 12:58 | comments(0) | - |
                    人生・仕事・事業に関する雑記 その14
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                      近頃の思いのなかに

                       

                      ●年々、齢を重ねて、人がこの世を生きていくことの意味あいの真理を知りたいとの思いがあります。若い日、自分の家を早く出て、自立したいとの思い。長じて、自分の思うことに正直でありたいと独立・起業した日。事業を軌道に乗せた前後、本当に思いもよらない出来事が身近かに発生して悪戦苦闘の日々。

                       

                       善きにつけ悪しきにつけ、自分が己れの欲望を満たすことを考えて行動した日々。

                       山あり、谷ありのなかに重い荷物を少しでも軽くしておきたいとの決意の日。

                       人の言う「余生を楽しむ」こととは、果たすべき己れの新たな課題に、挑戦と始末をつけたあとに得られる一瞬の夢なのではないか。

                       

                      ●地盤、看板、カバンを生まれながらに持ち得る世襲の政治家。TVの前で発する言葉の軽さ、行動が供なわない節操の無さ。近づきたくない、近づけたくない。

                       

                       東京大学卒業して官僚になり、エリート意識プンプン。

                       皆にチヤホヤされて限られた世間しか知らぬ人間が、自分の欲望のブレーキが効かず間違いを犯すことの愚かさ。

                       これを世に云う「晩節を汚す」の一例。

                       世のため、人のために尽くすべき立場の人がこの有様では、納税意識も薄れるのは当然だ。

                       

                      ●その人の人間性を観るには、社会的知性に豊み、礼節を弁え万事に責任を果たす人のことだと思う。他の人に自分の苦労した話、自慢話、そして「昔は良かった」などは聞きたくもない。

                       他の人に喜ばれる話をしてこそ、その人の価値を認めることに気がつく。

                       

                      ●世の中の出来事、あらゆる事象における己れの処し方が、全て私の「血となり、肉となる」。

                       それらを次の世代にいかに正しく伝えていけるかを模索する日々。

                       故に日頃のなにごとにも鋭敏さに欠けてはならないと努めている。

                       

                      ●大きな自然災害が世界、日本で発生する。その際に募金を進んでする。

                       少額であろうとも私財を世のため、人のために使う高潔さを大切にしたい。

                       

                       

                       

                       

                      | 人生・仕事・事業に関する雑記 | 15:00 | comments(0) | - |
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