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人生・仕事・事業に関する雑記 その13
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    他者の善意に感謝の心を形とする

     

     二月下旬に、おつきあいしていて、若者への熱い思いを私と同じようにお持ちの創業経営者の方お二人と、三人共著の形で 「次に続く立志の若者のために私たちは何を成すべきか?」 との問いの 「解」 として冊子 「人橋を架ける」 を上梓いたしました。

     私はこんにちまで本来の事業の他に、若手起業家を「生み、育てる」活動をライフワークとしてまいりましたが、今回の「人橋を架ける」は起業・独立を考える立志の若者へのサポートの私としての集大成になればとの思いで取組みました。そして日頃、お付き合い頂いている方々に御礼の気持ちと同時に、広く周りにおられる志ある方へのご紹介をお願いする心づもりで謹呈させて頂きました。

     

     折り返し、数多くの方々から読後感を含めた丁寧な御礼状や葉書きが、そして失礼ながらと断った上のメールが届きました。

     常日頃、超多忙な方と存じあげている方、なかには今回の趣旨をご理解頂き、まわりの若い志のある方に推薦しますとあり、有難いことだと思いました。

     その反面、誠に残念なことですが、特に若い人達において何らリアクションがない方もおられます。そのようなことで、私のかつての経験を記述いたします。

     

     私が起業して30才代半ばの頃のことです。仕事もようやく軌道にのり、忙しくしておりました折、幅広くお付合いをさせて頂いていて、私より年長のデザイン事務所の実力派の女性社長とのことです。

     お電話があり、私宛に何か参考となる資料を送付したが届いているかの問い合わせでした。私としては不確かなことでしたが、一応「着いています」と返事をしましたところ、「貴方によかれと思い資料を送りました。その私の善意に対し、何らリアクションを起こさないのは、人として礼を失ったものだ。私は貴方のために時間を割いたのです。その相手たる私の思いに応えられないことは人間として失格である。」との叱責のことばでした。

     考えればお電話での叱責は至極当然なことですので、重々お詫びを申しあげました。それ以降は、これを機に私自身はこのような他者からの善意に対し、感謝の心をすみやかに形として伝えることを身につけてまいりました。これらのことも含め、今ではあの折のお叱りのことばを有難いことだと思っています。

     


     

     

     

     

    | 人生・仕事・事業に関する雑記 | 14:32 | comments(0) | - |
    人生・仕事・事業に関する雑記 その12
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      熱い想いを形にし、それを継続して行く

       

       2月末に昨年の夏頃より手がけてまいりました、創業経営者のお二人と共著で、「人橋を架ける」を上梓いたすことが出来ました。

       私たち三人は長年にわたる自らの事業にけじめをつけ、これまでの道のりを振り返る時、次に続く若く志をもった起業家や中小企業の経営者に参考になればと、応援のためのメッセージ集として著しました。三人が、自らの事業の歴史と想いを踏まえ、これから新たな起業・独立をめざす人、現在事業経営を継続している人たちのために、少しでも糧になればと、共著の形をもって刊行いたしました。

       地方から上京後、紆余曲折を経て起業し、その創業事業を長年続けて来て、その行末に一応のメドをつけた私たち三人。事業経営を通して大いに苦しみもがきながら学んで来たことや、経済の大変動(オイルショック、バブル経済、リーマンショックそしてこんにちの経済のあり方)を身をもって体験し、これ等に対しどう考え、対処してきたか、その戦いの歳月を語っています。

       また、特に後半の鼎談では、単なる活字として私たちの経験から得たことがらを伝えるだけでなく、本音の会話を通して、起業・独立とそれに連なる中小企業経営の根幹となるさまざまなことに触れて、正しい経営、曲がらない経営への理解を求めております。

       

       私自身はこんにちまで、本来の事業の他に若手起業家を「生み、育てる」活動をライフワークとしてまいりましたが、今回の共著「人橋を架ける」が起業・独立を考える立志の若者へのサポートの集大成になればと念じております。

       

      「人橋を架ける」の入手については次の通りです。

      人橋を架ける 共著

       

      ・ネットで書籍購入は・・・・2,430円(税込)
       Amazon より (https://www.amazon.co.jp/dp/4864877998/)
       

      ・電子書籍のお求めは・・・・2,160円(税込)

       ゝ伊国屋Kinoppy(http://k-kinoppy.jp/) / 人橋を架ける−本編

       

      ◆ヽ敕Kobo(https://books.rakuten.co.jp/e-book/) / 人橋を架ける[電子書籍版]

       

       amazon  Kindleストア / 人橋を架ける Kindie版
       (https://www.amazon.co.jp/Kindle-キンドル-電子書籍/b/ref=topnav_storetab_kinc?ie=UTF8&node=2250738051

       

      | 人生・仕事・事業に関する雑記 | 09:49 | comments(0) | - |
      人生・仕事・事業に関する雑記 その11
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        年賀状は無事の便り

         

         新しい年を迎え、自宅や会社に年賀状を頂きました。

         それぞれ個人的な継がりであったり、仕事の関係であったりします。

         つらつら考えますに年賀状とは、一つに公私にわたり無事の便りなのだとの思い至ります。

         また添えられた文章でその方の近況も知ることになりますが、なかには来年より年始の挨 拶を省略しますとあったり、この世の有り様は本当に様々です。 そのなかで、年初めの年賀状で他につつがなく無事の知らせが出来る年賀状の意義は、大きいものだと認めさせられております。

         

         私はここ十数年はこれらの年賀状への返礼として、毎年「大寒」の日に合わせて寒中見舞状を投函しております。これも私がお陰さまにて健勝にて仕事を継続していると、日頃のご無沙汰の侘びかたがたの意志表示です。しかし、それにしてもそのために多くの時間を費やすことになっていることも事実ですので、再考の余地があると思っております。

         そんな折に先輩が来社し、そのことを話しますと「年齢相応に自分の時間を大切にしなさい」「人との交わりも時として捨てることも大事」「長生きの秘訣は義理も欠くことだ・・・・」とも説かされました。最近は年齢を重ねることで「時間の価値」を改めて認識させられていますので、思いは複雑になるばかりです。

         

         

         

         

        創業者の熱い想いが形として残り、今に伝える

         休日はお天気次第ですが、昼過ぎから夕方まで自宅近辺を自由きままに散策しています。外国人で混雑する浅草のまちを避け、自然に親しむためにも、隅田公園の緑や隅田川水辺のテラスがお気に入りとなっています。一方ときには「かっぱ橋道具街」や「蔵前」の問屋街にも歩をのばします。

         一月半ばの土曜日に散策していて、偶然にもは蔵前の問屋街の通りに面した「世界のカバン博物館」に立寄りました。

         受付でガイドの栞を頂き目を通しますと、バックのメーカーのエース株式会社の創業者である新川柳作氏が1958年の欧州視察旅行の際、ドイツ・オッフェンバッハ市の皮革博物館を見学した折に、無数に展示される皮革製品の中にカバンは10点程しか紹介されておらず、同氏は何か物足らなさをの思いを強く心に残して帰国したとのことです。そして、「生業を営ませていただいているカバンを通じて、何か社会に恩返しできないか」と常々考えていた同氏の心にその時から「世界中のカバンを集め、もっと多くの方に各国の文化や風俗を知っていただこう」という強い想いが芽生えたとのことです。この構想から18年、内外の高い技術を誇る職人たちの製品を精力的に収集し、1975年当時としては珍しい企業内博物館として「世界のカバン館」を開設し、見応えのある展示館になっています。

         また、8階にはカバン造りを天職として歩んだ同氏の「新川柳作記念館」が併設され、同社の創業75周年記念事業の一環として、創業者の生誕100年目にあたる2015年7月31日にオープンしたとあります。館内はカバンに明け暮れた92年に亘る創業者の生涯と、その事業、そして歴代のヒット商品を展示し、同社の歴史、カバン業界発展の足跡を紹介しています。

         事業家が功成り名を遂げて名画の収集に明け暮れ、美術館を有料でオープンした話しは仄聞しますが、カバン一筋の人生の集大成を誰にも無料で公開し、地域振興や産業発展の一助としている経営者個人の想いと企業姿勢に心打たれました。

         そして、経営の根本理念が 「商事是亦報恩道」には、心から素晴しい言葉だと感銘を受けました。

         

         

         

         

        | 人生・仕事・事業に関する雑記 | 17:27 | comments(0) | - |
        人生・仕事・事業に関する雑記 その10
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          今はセカンドステージに立っている

           

          ​ 去る3月の私のブログのなかに「健康で仕事に精を出している幸せは病床に伏せて分からせられること。思いが深いと云うことは何ごとも反面を理解していることで、痛みを伴う実体験の賜物なのです。」と記しております。

           去る11月の1ヵ月を一言で表せば、前記のことばを骨の髄まで分からせられた日々だったと感じております。11月初旬の急な寒さと体力・気力のオーバーワークで風邪を引き込み、今までになく難儀いたしました。

           ようやくその山場(やまば)を超えておめにかかった方に、この間の今までにない状態から弱気になった話しを致しましたところ、貴方はもう第一ステージは終わり、次のセカンドステージに立っているわけだから、なにごとも2分の1にして立ち振る舞い、これまでと同じにしていたらオーバーワークで再び体調を崩しますよと忠告されました。

           つらかった日々のあれこれを思い浮かべ、今はセカンドステージに自分で立ち振まっていかねばとの自覚を持つように致しております。

           

          思いを形にして

           これまで十数年にわたり、起業・独立に関する冊子を数多く世に出してまいりました。

           この12月中旬に最終校了した “起業・独立 次に続く立志の若者へのメッセージ”「人橋を架ける」は、これまでと違い三人共著で来年1月末に刊行を予定しております。

           私にとりましての出版物は、自身の考え、思いなどの構想を単に出版会社に伝えて「あとはよろしく」と“丸なげ”するのではなく、自主企画を通して構成を考え、完全原稿にして、編集事務所との打ち合わせ、校正チェックなどで確認し、多岐の作業を自らが対応した産物です。

           また、売れる本をつくるとの意識より、ともかく今の世に有用で、読む方のために参考となればとの願望だけで、その諸費用も用意してかかることになります。

           来年一月末に刊行される予定の冊子は、生まれも育ちも異なる三人の創業経営者が、東京の地で起業し、一応の成果を得て共著の形で「次に続く立志の若者のために私たちは何を成すべきか?」との問いの「解」として刊行いたします。この準備期間に使命感と熱意を持って諸々の作業を進めるなかで、私たち三人との出会いは、必然性をおびたものとのお互いの意識は強まるばかりでした。

           また、特に後半の鼎談では、単なる活字として私たちの経験から得たことがらを伝えるだけでなく、本音の会話を通して、起業・独立とそれに連なる中小企業経営の根幹となるさまざまなことに触れて、理解を求めております。今回は初めの試みで電子出版にもトライしてみます。未だ未だこの世でやるべきこと、始末しておきたいことへの意欲が旺盛です。

           

           

           

           

          | 人生・仕事・事業に関する雑記 | 13:26 | comments(0) | - |
          人生・仕事・事業に関する雑記 その9
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            人生の始末 ”終活〃 のあり方

             

            ​ 11月初旬の寒さで風邪を引き込み、気力、体力にこれまでになく自信を無くした日々を過ごしておりました。年齢を重ねることで分かることとは、このことも含まれるのだと痛感しております。

             幸いなことにお陰さまにて3週間程で回復し、私はここ数年来の山場(やまば)を克服し「モノの整理」「心の準備」を意識して、なにかと積み残しのないように常日頃心がけ努めております。

             

            ​ さて、去る11月20日付けの 日本経済新聞朝刊の社会面の下段に「感謝の会開催のご案内」と云う告知がありました。

            一覧しますと建設機器メーカーのコマツで入社以来取締役、社長、会長を歴任し、現在は引退後の余生を楽しんでいるY氏の全く個人的なメッセージです。その内容は図らずも重篤な疾病で残された時間をQuality of Life 優先して延命の治療を受けないこととし、そのために自分が元気のうちにこれまでご厚誼下さった皆様方に感謝の気持ちを伝えるべく会を開催するとして日時、場所の案内となっておりました。

             

            昔から「葬式、戒名無用、死者は生者を煩わすことなかれ」との言に、強く私もそうありたいとの思いは深く、これまで極く親しい方だけとは1-2年に一度ほど「懇親会」の名目でささやかなパーティーを主宰してまいりました。

            参加の方には心の負担になってもと多少の会費を頂いてまいりましたが、この真意は今回の新聞の告知と同様、ご厚誼頂いている方への感謝の集いでしたので「我が意を得たりの思い」でした。

             

            明日から12月です。「風邪は万病のもと」でしばらくは自宅療養をも強いられ、つらい思いの日々でしたが、「健康の尊さ」「心身一如」「仕事の出来る有難さ」をより深く身にしみさせられた11月でした。

             

             

             

             

            | 人生・仕事・事業に関する雑記 | 14:55 | comments(0) | - |
            人生・仕事・事業に関する雑記 その8
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              何もしないことの真の意味

               

              ​ 15年前ほどの話しになります。四代続く果実商・レストラン経営・ビル経営の老舗の社長に個別にお話を聞く機会がありました。

              私が「会社を長く続けていく上で一番大切なことはなんでしょうか?」と質問しましたら「何もしないことです」とのことでした。そのときにこのような変化の激しい時代に守勢の企業姿勢で本当にやっていけるのだろうか?と疑問を感じつつ、その話は私の頭に深くありました。

               

               文春オンラインの2017年9月号の(ニュース、社会、経済)の欄に、秋葉原変容し続ける街で「なにもしなかった」オノデンが生き残った理由とのタイトルで以下の記事があり要約してみました。

               

              秋葉原 変容し続ける街で「なにもしなかった」オノデンが生き残った理由

               

               1998年頃のことです。秋葉原の家電量販店でもパソコンはよく売れ右肩上がりの勢いで、量販店の多くは秋葉原を出て、郊外に出店していき当初は好調だったといいます。

              ですがヤマダ電機など、より大きな資本の家電販売グループが売り場面積が3倍4倍という巨大量販店をすぐ近くに建て、出店した秋葉原系量販店は苦戦を強いられました。つまり出店計画の失敗が多くの秋葉原系量販店が姿を消した理由で、オノデンは郊外のどこにも出店しなかったので、そのまま生き残れた、というのです。なぜ出店しなかったのか質問に、「うちが出店しなかったのは、密度が薄くなる経営はしたくなかったという創業者の精神です。マネージメントにしても接客にしても目の届く範囲内で商いをしたかった」とのことでした。

               同社の社是は「親切な電器店」というシンプルなものだが、これは現3代目社長小野さんが、就任した1995年に定めたものとのことです。

              「1960年代の秋葉原の売り方は客に商品説明は不要で、みんな早く品物を欲しい、早く商品をお客様に渡すことが、秋葉原で良いサービスって思われていた」とのことです。

               やがて商品が多様化・高機能化するようになり、やはり商品説明が必要になった。そこでメーカーが量販店に説明員を派遣するようになり、A社の派遣説明員はB社の商品について説明できない。だがオノデンは社員店員が接客するからそれができる。そこがオノデンが他の量販店と差別化できたひとつの要因だったとのことです。

               

               

              この記事で私は「何もしないこと」の正しく、深い意味あいを知ることになり、企業の使命のひとつの「継続性」とは何かの回答を得られました。

               

               

               

              | 人生・仕事・事業に関する雑記 | 13:44 | comments(0) | - |
              人生・仕事・事業に関する雑記 その7
              0

                9月18日は敬老の日でした。

                「人生七十古希稀なり」とありますが、私も少し前に若い方々がその祝いの席を設けて下さいました。

                その時に「青年の 気概を語る 古希の宴」との句を詠みました。

                こうして一つ一つ歳を重ね「人生そして心のあり方」について感じた寸言を列記いたします。

                 

                ◆所詮何ももっていけない人生の終幕なのだ。今から肝に銘じて「モノの整理」「心の準備」で処していく。

                 

                ◆人生で「もらい乞食」にならない。与えることの貴さ、勇気、心の余裕。反面、おねだりばかりの卑しいさまは避けたいものだ。

                 

                ◆暮らしも仕事も大切なのは、終始一貫して節義を尽くすこと。お世話になった人にはどんなことがあっても常に感謝の気持ちを持ち続けること。

                 

                「有難う」とは「有ること難し」の意味である。

                現在、自身が現在 ( いま ) あることの有難さに対しての感謝の意。その「有難う」を一日に何度自然に発せられるか?

                 

                ◆若い人が目上の人から可愛がられていて、よし!私も支援しようと思う人とは、

                 ・本来の仕事を一生懸命にしている人

                 ・礼儀作法を弁えている人

                 ・自分以外の人に対し、奉仕している人

                 

                ◆健康で仕事に精を出している幸せは、病床に伏せて分からせられること。思いが深いと云うことは何ごとも反面を理解していることで、痛みを伴なう実体験の賜ものだと思う。

                 

                ◆青年期は常に向学心、向上心を持ち続ける。自分の仕事に精進し、成果を出す。それ故に周囲に期待されて来た。壮年期は堅実と充実の中により成果を上げ、高齢期は若手を指導し慕われる人になりたい。

                 

                 

                 

                | 人生・仕事・事業に関する雑記 | 14:06 | comments(0) | - |
                人生・仕事・事業に関する雑記 その6
                0

                  心ある人は礼状を出す

                   

                   今は勇退している経営者仲間の方が、来社されました。

                   2年程時間をかけての自分史をようやく上梓されたとのことで、ご持参下さいました。昔からの仲間として、私に直接に手渡したいということで有難く頂戴いたしました。

                   一読して、さすがに彼の人生そのもので、立派な出来栄えの一冊でした。お話の中には、日頃私も強く感じていることが指摘されておりました。

                   完成した本はご自身が選んだ近しい方と、若手の方で現在お仕事を頑張っておられる約120名に挨拶状をつけて送付したとのことでした。

                   それから1ヶ月程たったのち、約半数の方から手紙やハガキ、そしてメールの礼状が届いたとのことでした。彼は連絡がない人のことを病気でもしているのではないか、何かあったのではないかと心配しておりました。心根の優しい方だと改めて感じました。

                   

                   若い人からの礼状が少ないことに関して、私は、自分の経験も踏まえていろいろ思うところを話させて頂きました。彼等は、良好な人間関係を保つことが、私生活や仕事でどれほど大切かということがわかっていないのではないでしょうか。人や仲間、先輩たちとの関係を維持するための社会的知性(わきまえ、心得、礼儀や作法など)が欠落しているように思うのです。そして今の世の中は、こうした礼節の大切さについての指導がなされておらず、それこそが現代の人間関係における不幸だと、お話しさせて頂きました。

                   

                   人に親切にされたらしっかりと謝意を表わす。手間や費用をかけてプレゼントして下さった方の思いに、どのようにこちらが気持ちを込めてこたえるか。

                   今流行りの「忖度(そんたく)」とは、本来政治の場面などで使われる言葉ではなく、相手の気持ちを推しはかり、日常的な人と人との関係を良好に長続きさせるため必要不可欠な術なのだと思っています。

                   

                   常々感じていることですが、昨今は、とくに若い人達において、人の好意に対して無神経な人が多過ぎると思います。人に親切にされたら「ありがとうございます」という感謝の意を、素直に、速やかに伝える日常でありたいと、人生の先輩として苦言を呈していくほかないのかもしれないと、二人の間で結論となりました。

                   彼が云うには、返事のない人は、自分の住所録から削除しておかねばと申しておりました。心ある人とだけ、今後はつきあっていくと云っておられました。

                   何か切ない思いがしました。

                   

                   

                  夏の終わりに 1985(昭和60)年9月のエッセイ

                   

                   去る8月12日、日航ジャンボ機墜落事故から32年。慰霊祭のニュース映像を、体調崩して入院した病院のベッドのテレビで見ておりました。

                  歳月が流れ、32年の経過は人々の記憶を風化させ、現日航の社長の談話では、この事故を経験した社員は、全体の6パーセントとのことでした。

                   

                  この当時の私のエッセイでは (1985(昭和60)年9月)

                  ―――――――――――――――――――――――――――――――――

                  夏の終わりに           

                  日航機墜落の惨状は、例年にない八月の猛暑をより厳しいものとしました。

                   そして誰しも「一寸先は暗(やみ)なのだ」と、人の生命(いのち)の危(あや)うさ、脆(もろ)さをしみじみ思い知らされた衝撃的な事故でした。(8月12日)

                   発見された数通の遺書は、それぞれ男としての家族への責任と愛情に溢れ、人生半ばの無念の思いも含め「人生無常」と万感胸に迫ります。

                  ―――――――――――――――――――――――――――――――――

                  とあります。

                   

                  今年のお盆休みは、空も陸も大きな事故がなく幸いなことだと思っております。

                   

                  | 人生・仕事・事業に関する雑記 | 16:04 | comments(0) | - |
                  人生・仕事・事業に関する雑記 その5
                  0

                    生涯現役の真のかたち

                     

                     去る7月18日に105歳でお亡くなりになった聖路加国際病院名誉院長 日野原重明氏には数年前の内輪の講演会でおめにかからせて頂きました。

                     その頃はちょうど100歳だったと記憶していますが、おからだに多少の不自由さはありましたが、矍鑠(かくしゃく)と身ぶり手ぶりでの講話を拝聴致しました。

                     お話のなかで、人生にはターニングポイントが誰しもあり、自分のときはよど号ハイジャック事件で乗客の1人となったことだったとしておりました。ようやく開放され飛行機のタラップを下りて地上に降り立ったとき、自分はこれからは世のため、人のために生きようとのミッション(使命感)に目覚めたとのことでした。その当時、彼は58歳。以後は医療の世界ばかりでなく、著述や音楽を含め文化面の活躍は多彩を極めて広範囲に及びました。

                     

                     私の周りにも「生涯現役」と標榜し、ご活躍の方は散見されますが、彼のように国内はもとより海外まで大きく羽ばたき、驚くぐらいのパワフルの方は実在しません。今後、私は他の方に軽々しく「生涯現役」などとの言葉は謹んでまいりたいと思っております。

                     

                    ◆いまあるのは妻のおかげ

                     

                     私と同年代の創業社長との久しぶりのランチの席での話です。

                    彼は最近、ご子息二人(兄が社長で本社、弟が専務取締役兼工場長で勤務)への事業継承もスムーズに運び、ご本人は第一線を退き、特別用事がなければ出社しないとのことでした。

                    お話しでは朝日カルチャースクールのスケッチの教室に通っているとのことでした。

                    その話の延長で「こうして物心とも安隠の日を迎えられての現在の心境は?」との私の問いに「なにをおいても妻への感謝と敬意」とのことでした。

                     そのことがらを細かく私に説く彼の顔は、世間で云う古希を過ぎた人と感じさせない程心底輝いておりました。

                     

                    また、創業者ですので当然のことながら、相続のことで顧問税理士を入れての家族会議に話が及びました。そこでご子息二人が「お金はお父さんのために好きなように使って下さい」との申し出てあったとのお話に、目頭が熱くなりました。「争族」の醜さを仕事柄数多く承知していますので、なおさらのことです。

                    彼も例に漏れず山あり、谷ありの人生だったと承知していましたが、晩年をこのような状態と心境で迎えられ、日々を心安らかでいられる方は本当に数少ないことだと思うと共に、立派でかつ幸せな方だと思わずにいられませんでした。

                     

                    思いますに人は余生(よせい)と云う時期に、財産はあり過ぎても災いし、無くても心もとないことは、現実のありさまだとお話を伺いながら痛感しておりました。

                     

                    友だちの呼称とその形

                     

                     年齢を重ねて来ても、相変わらず知識欲は衰えさせないよう努めています。

                    昔から「魚は頭から腐る」の例えで、これまで知らなかった語をそのままにしないで、PCで検索するようにしています。云わば「私の脳トレ」です。

                     直近では「腹心の友」があります。調べますと「心から信頼できる人物のこと」とあります。この語は今騒がれている安倍晋三総理と学校法人「加計学園」の加計孝太郎理事長の仲を総理自身が公の席で語ったことから周知されております。

                     

                     これに加え少し古い話になりますが、これも政治がらみのスキャンダルで世間を騒がせた、世に云うロッキード事件です。当時の総理大臣田中角栄氏と国際興業グループの創業者で社主の小佐野賢治氏の仲は「刎頸之友(ふんけいのとも)」と云われ、きわめて親密な付き合いのたとえだったと認識しております。これらの友だちの呼称とマスメディアから得る実情からして、正に「政商」で、これを検索してみますと、政治権力者と結託して優位に事業を進めた事業家とあります。

                     今回のことも含め「歴史は繰り返す」ことの表われで、どことなく胡散臭さを強く感じずにはおられません。

                    本来、本当の友とはこれらの実情と違い、相互に利用価値を認めると云う経済的利益を第一義でなく、旧制一高の寮歌の一節「友の憂いに吾は泣き、吾が喜びに友は舞ふ」の明治時代の理想を述べるつもりはありませんが、昔から「俗の中こそ真理が有る」は事実なのかだと思っています。

                     


                     

                    | 人生・仕事・事業に関する雑記 | 17:44 | comments(0) | - |
                    人生・仕事・事業に関する雑記 その4
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                      今回は番外編として現在の政治のあり方について私の思いを記してみます。

                      政治に興味を持つが、相変わらずの不信感が募る

                       

                      私自身にとって政治不信は今にはじまったことではありません。

                      1985(昭和60)年2月の私のエッセイに以下があります。

                       

                      激昂仮面(げきこうかめん) 

                       

                       自分の発言に確たる責任をもつことが、国政を預かる人のせめてもの矜持(誇り、プライド)でなければと思います。「増税なき財政再建」も今や画餅に帰する感があり、議会答弁の「誠に遺憾に存じます」で一件落着のお互いの無責任さには、中国の故事ではありませんが、国の最も大切な「信」の存在さえ危ぶまれてなりません。今や彼等の「政治生命をかける」などの言葉の重みは、私にとっては一円のアルマイト貨にも劣ると思えてなりません。

                       

                       

                       ですから、私はこの考えをもとに、政治家に対する思いは昔も今も変わらず、こん日まで政治家に近づかず、近寄せずのスタンスでまいりました。

                       

                      現在大きく世間を騒がせている学校法人「加計学園」や「森友学園」等の一連の問題を、マスメディアを通して知り得ることで、感じた3つのことがらを記します。

                       

                      先ず、6月24日の安倍総理が産経新聞の「正論の会」でのスピーチをTVで観ました。そこで論語の孔子の言を引用して「信なくば立たず」と発言していました。政治は民衆の信頼なくして成り立つものではないことの意味ですが、加計学園などの問題の発端は、当人の政治家としての「信」の欠落が問題視されていると思っている私にとって、軽々しく「信」を云うその発言は、私には、腹の内と発言が違うとの証左に他ならないと感じました。

                       

                      ◆二つ目に「李下に冠を正さず」(「古楽府」君子行)があります。総理たる者の行動は常に用心深く慎重にして、他に誤解を招くような行動をすべきではないという戒めにおいても、身内の昭恵夫人の言動を含め、この問題の入口たる総理の立ち位置が高潔さ、公明正大の観点から疑念視されていることを自覚、反省して今後は身を慎むべきだと思います。

                       

                      ◆最後に「驕れる者久しからず」です。今回のようないたずらな政治の混乱の責は「己れにあり」との、自戒と自律は必須なことで、これを他に転嫁する姿勢は潔くない態度に見受けられます。

                      これらは、リーダー論としてこれまで身近かに学んで来たものですが、リーダーが本質を見誤ると、国も会社も衰退するのは今も昔も必然なことだと思う昨今です。

                       

                       

                      7月2日に東京都議会議員選挙が行われます。そこで現在の政治不信のバロメーターがどうなるかと判明するわけですが、国民と都民の「信」が自分たちにどのようにもたらせられるか否かを、今から自問自答しておいて欲しいものです。

                       

                       

                       

                       

                      | 人生・仕事・事業に関する雑記 | 18:18 | comments(0) | - |
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